ここ数年、店の畑で育てる野菜を伝統野菜、固定種の野菜に切り替えて来ました。
始めた一番の理由は、より安全な作物を得たいからでした。
遺伝子組み換えまではされていないにしろ、流通している種のほとんどがF1と言う1代限りの優れた成長をする野菜。一方で種を継げない野菜。直感的に、そんな命は不自然ではないかと思いました。色々調べてみましたが、専門家ではないので安全と言い切れるほどの理解は難しく、ならば、自然の交配で出来た野菜を育てようと思った事がきっかけです。
伝統野菜は最新の品種に比べて育ちがゆっくりです。
その上、同じ大根でも今の品種に比べて株間を広く取らないといけない物が多く、収穫も大変で、要するに効率が悪い…味もイマイチ。だから改良されちゃったんじゃない?とマイナスに捉える事が多くありました。
しかし、伝統野菜との付き合いも長くなり、徐々に考えが変わり始めました。
例えば、木曽紫蕪。葉っぱが物凄い量(今の蕪の5倍!)に成長しますが抜いてみるとコロンと普通の蕪の大きさがついているだけ。大きな葉はゴワゴワで不味そう、蕪は小さい。初めて収穫した時は、正直ガッカリしました。しかし、昔の人は、なぜこの蕪を愛して土地の名を付けてまで継承して来たのかを考え、調理してみてびっくり。しっかり塩漬けした蕪の葉の美味しい事。おあげと煮るとこれまた今の青菜にはない深〜い味わい。蕪も緻密で、正直、蕪ってこんなに香りがしたかと思う個性。それから、各地の伝統野菜を育て始めひとつの傾向が分かって来ました。冬が長くて厳しい地域の蕪は葉が多く、おそらくは葉は冬のビタミン不足を補える貴重な食料であったのかななどなど、各地の気候風土に培われた食文化を感じるようになりました。
初めての時はガッカリした作物にとうもろこしがあります。札幌のとうもろこし屋台で大人気だったとの品種なのに甘くないと調べると、甘くないとうもろこしにタップリ砂糖醤油を塗って屋台で焼いて出したら大ヒットしたとありました。
もしかしたら、それから甘いとうもろこしを食べたいと品種改良されたのかな~と逆に今の甘いとうもろこし誕生の物語を思いました。
ではなぜ昔のとうもろこしは甘くないのか?それは穀物として人類が継いで来た作物だからではないかと推察しました。少し話がズレるようですが、この昔のとうもろこしは、カラスにも台湾リスにも狙われません。きっと甘くないからです。今の甘いとうもろこしは、ありとあらゆる動物からの狙われる為、電気柵やネットで覆ったり、忌避剤を撒いたりと無事収穫するまでが大変です。昔の人はそんな対策は出来ないので、始めから狙われない甘くないとうもろこしを選んだのではないかと思いました。
このように、他の動物が狙わない為に選抜して来たのではないかと推察する野菜は多くあります。動物が食べない紫色の野菜が伝統野菜に多いのも、頷けます。このように誰も食べない物を選んで食べて来たなんて、イジメられっ子のようで可哀想とさえ思えてきます。
では、伝統野菜は不味いのでしょうか?
答えはとても美味しい、ですが、条件があります。それは、調理すると言う事です。 しかも、その特性を理解して調理しないと美味しくないので、知恵や技術が必要になります。火を使う事が出来るのも人間だけ、調理するのも人間だけです。人間は、まさに弱さを補う為に知恵を働かせて発展して来たのではないかと思うのです。 自然界の中での人の立ち位置を忘れ、奢れるなかれと伝統野菜を通じて、ご先祖様たちの声が聴こえるようです。